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平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』 【1】

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第30回 国宝松本城氷彫フェスティバル 全国氷彫コンクール (2016・1/23~24)


鳳凰。

伝説の霊鳥。

「聖天子の出現を待ってこの世に現れる」といわれる瑞鳥にして

羽ある生物の王。


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向き合って羽ばたく
二羽の鳳凰。

2016年
第30回 国宝松本城氷彫フェスティバル 全国氷彫コンクールにおいて
平田浩一、加瀬秀雄の両氏が
夜を徹して製作した氷彫刻だ。

この凍てつく鳳凰は
いかにして姿を現したのか。

これは
12時間に及ぶ
二人の氷彫刻師による
氷彫刻製作の記録である。




2016年1月23日
午後5時10分。

国宝松本城入口。

夕闇迫る中、
氷を載せたフォークリフトが
慌ただしく動き回る。

氷彫製作の開始に向け
準備作業が進められている。
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スタート前のこの騒々しさ。

何度味わっても、胸がざわめく。

またあの長い夜がやってくるのだな、と思う。
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平田さんの姿は
会場の中ほどにあった。

昨年と同じ、鮮やかなオレンジ色の上着を見つけて安心する。

平田さん達の制作現場に張り付くようになって
もう6年目なのだが、
私のものぐさな性格が災いして
事前調査やアポ取りをやろうやろうと思いながらいつしか時は過ぎ、
気づけば当日を迎えてしまう。
だから、現場入りしてみるまで、
平田さんが参加しているかどうかが分からなかったりする。

お恥ずかしい話だが、
毎回、平田さん達がそこにいるものと「信じ」つつ、
もしかすると今年はいないかもしれない、という
仄かな不安感に駆られながら会場に足を踏み入れるのだ。

本当に、今年もいてくれて良かった。
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昨年の大会でタッグを組んだ、
浩一さんの父・謙三さんの姿は
傍らにない。

聞けば、謙三さんは去年、体調を崩されたのだという。
現在は仕事(帝国ホテル専属氷彫刻職人)に復帰してはいるが、
まだ本調子ではないようだ。

寒さの中、夜通し氷を刻み続けるこの大会は
身体にかなり過酷な負担を強いる。
すでに古稀を背中越しに見ている謙三さんにとってはなおさらだろう。

大会のエントリーは例年どおり「平田親子チーム」だったが、
大会の少し前になって謙三さん自ら
「今回は止めておく」
と浩一さんに告げたのだそうである。

急遽、浩一さんは相方探しの必要に迫られることとなる。
そこで白羽の矢が立ったのが
今回タッグを組む、加瀬秀雄さんその人だった。

「実は和食界で結構な重鎮と肩を並べるような人なんですよ」

そんな浩一さんの紹介に照れ笑いしつつ、
「平田さんの彫刻に魅せられちゃって、弟子入りしたんです」
と加瀬さん。
その話し方から、物腰柔らかで実直な人柄がどことなく伝わってくる。
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今回の氷彫フェスは30回目という節目にあたり、
記念大会として開催される。
出場チームも国内外から、前回の13組を上回る16組が参加する。

例年と同じスペースに、16チームがひしめき合う。

隣り合う作品同士がぶつかってしまいそうな手狭さだ。
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時計の針は予定開始時刻の午後6時を回っているが、
一向に製作開始がアナウンスされない。

準備作業が遅れ、
各チームに氷が行き届いていない。

参加チームが多い分、
氷の分配作業に手間がかかっているのだ。

ついに、「製作開始は午後6時30分に変更」のアナウンスが流れる。

製作開始前から、波乱含みの展開となる。
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配り終えられた氷。

氷彫刻に使用されるのは
重さ約135キロ、
サイズ約28cm×56cm×106cm
の「36貫氷」と呼ばれる純氷だ。
氷彫刻用というわけではなく、
かき氷や飲料用のロックアイスに使われる
透明度が高く、硬い食用氷である。

相場はまちまちだが、
この36貫氷1本で、通常1万数千円はする。
彫刻の材料としては
決して安いものではない。

この氷彫フェスの氷は
松本市内の田中製氷冷凍(株)が一手に供給している。

1チームに与えられるのは
この135キロの氷柱10本。

この氷を組み合わせ、数々の技巧を凝らし
一晩かけて氷の彫刻に仕上げていくのだ。
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午後6時30分。
ようやく製作開始のアナウンスが流れる。

開始が遅れた分、終了時刻も明朝6時30分に変更された。

制作現場の前には厚い人の壁ができ
氷に挑む彼らに熱い視線が注がれている。

私が観客の後ろの方から写真を撮っていると、
観光客と思しき外国人から、
「これはいつ出来上がるのだ?」と英語で尋ねられる。
完成は明朝の6時過ぎであることを伝えると彼は、
「ワオ! トゥモローモーニング!?」と叫んで
呆れたように目をくるくる回しながら去っていった。

異国の人よ、驚くのはまだ早い。
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まずは、設計図を確認。

どの氷をどのように積み上げ、どう切り分けるのか、
実際の氷と照らし合わせる。

この設計図は平田さんの手描きのもので、
コンセプト画などというレベルではなく、
細部まで超精密に描かれた
「もう一つの完成品」とも言うべきものだ。
この設計図には、
すべてのパーツを効率よく制作するために
あらかじめ計算された氷の切り分け方が記されている。
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氷の積み上げ。

1本135キロの氷柱は
大人が二人がかりで渾身の力を込めなければ
持ち上がらない重さだ。
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積み上がった氷の隙間に
ノコギリの刃を通す。

それによって互いの表面の凹凸が解消され、
2つの氷は接着して、一つの氷塊になる。
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ただ積み上げるだけではなく、
設計図に基いて、氷を切断し、
所定の場所に接着することもある。
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製作開始後の1,2時間は
地道な作業が延々と続く。
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この準備工程で、いかに正確に氷を積み上げるか。
それが、完成した作品の成否に大きく関わってくる。
決しておろそかにはできない作業だ。

水平、垂直にこだわって積む。
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午後7時過ぎ。
空一面を覆っていた雲が切れた。

時折、青い月が顔を出す。
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手持ちの温度計の目盛は
摂氏1度。

徐々に気温は下がってきているものの、
まだ氷にとって良い条件とは言えない。
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氷の接着面処理。

氷同士を接着させるのに重要なのは、
互いの接着面がなるべく平滑であることだ。


その平滑さを出すために行われるのが接着面処理だ。
この作業では、厚めのアルミ板が使われる。

あらかじめぬるま湯で温めておいたアルミ板を
接着面に押し当てる。

熱伝導性の高いアルミ板は、氷の表面を素早く解かし
アルミ板表面の写し絵としての平滑さを得ることができるのだ。
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同様に接着面処理をした氷同士を密着させる。

氷に十分な冷気が蓄えられているか、
外気温が十分に低い場合、
氷同士はすみやかに氷結、接着される。
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しかし、この日、
氷の蓄冷度合いもそれほど大きくなく、
外気温もいまだ氷点下に達していない。

すぐに接着されるはずの氷が
なかなかくっつかない。

加瀬さんが一生懸命に氷塊を支え続けるが、
手を離すと、氷が落下してしまいそうになる。
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そこで、平田さんが秘策に打って出る。

取り出したのはコールドスプレー。
スポーツで打撲をした際などに使う、
患部を急冷するための、あのスプレーだ。

接着したい場所にこのスプレーを吹きかけて
強制的に凍らせるのだ。

いかなる状況でも彫ることを求められる
氷彫のプロが編み出した、
過酷な環境に打ち勝つための必殺技だ。
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午後7時34分。
平田さんがフォークリフトの応援を要請する。

積み上げた氷は、すでに人の背丈に達し、
これ以上、人力で氷を積み上げるのは難しい。

フォークリフトの力を借り、
さらに氷を積み上げていく。

ちなみに、この大会の規定で、
作品の高さは地上高2.5メートル以下、と決められている。
作品は大きい方が迫力を出せるが、
2.5メートルを超えてしまうと減点となるそうだ。

限られた氷を使って、高さ制限ギリギリに抑えながら
さらに迫力を追求しなければならない、と平田さんは言う。
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加瀬さんは氷を積み上げる作業を
ただ黙々とこなしている。

その動きに迷いがない。
氷の扱いに慣れている。
かなりの経験者なのだろうか。
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氷は上に伸びていくだけではない。
加瀬さんは小さく切り分けた氷を
下向きにも接着する。
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接着後。

彫刻の「彫りしろ」として、ただ氷を積んでいくのではない。
彫るべきところにだけ氷を積み、
空間とすべきところは最初から空間としておく。
限られた氷を無駄にしないためだ。
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~ 【2】に続く ~


by TamaWakaba | 2016-02-23 08:55 | 氷彫刻
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平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』 【2】

【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】 【9】

午後7時50分。

平田さんが大きな氷の前に
別の小さな氷を積み上げ始める。
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そこに設計図を見ながら、
ノミで筋彫りを施していく。

平田さんの設計図は
今回も恐ろしいほど緻密に描かれているのが
ファインダー越しに見てもよく分かる。
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氷の上に数回ノミを走らせると、
そこには滑らかな曲線が何本か刻まれる。

だが、これが設計図のどこに該当する曲線なのかは
皆目見当がつかない。
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筋彫りの溝をドリルの刃でなぞり、深くしていく。
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溝に沿って
チェーンソーで切断。
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平ノミで大まかな形を出す。
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氷に向き合っている平田さんの
眼光がひときわ鋭くなる瞬間がある。
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全神経を手先に集中する。
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鳥の頭だ。
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ここで、頭部の向きを変えて、
土台に再接合する。

加瀬さんがサポートに入り
接着までの間、頭部を支える。
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しかし、やはりなかなか接着してくれない。

頭部を支える加瀬さんのゴム手袋からは
氷が解けた水が滴り落ちる。

手袋越しとはいえ、確実に氷の冷気は手に伝わっているはずだ。
しかし、ここで動くわけにはいかない。

加瀬さんは懸命に支え続ける。
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ようやく頭部の再接着が完了。
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平田さんは別の筋彫りにとりかかる。
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現れてきたのは、もう一つの頭。
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出来上がった頭部は土台から取り外され、
どこかに運ばれていった。
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再び、
最初の頭部と、土台部分の加工にとりかかる。
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チェーンソーの刃先を使って
氷を薄く削る。

スコップで耳かきをするような荒技に思えるが、
平田さんにとってチェーンソーは
れっきとした精密加工用の道具なのである。
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一方、加瀬さんは
大きな氷と氷との隙間にうずくまって
黙々と氷を切り分けている。
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間もなく製作開始から3時間が経過。
客足も徐々に減ってきている。
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工程はまだまだ序盤戦に過ぎない。
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~ 【3】に続く ~




by TamaWakaba | 2016-02-23 08:54 | 氷彫刻
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平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』 【3】

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午後10時。

雲は晴れ、中天に月が輝く。
風が強い。

晴れて無風ならば、放射冷却現象によって
気温はたちまち下がってくる。

だが、この夜は強い南風によって、
地表に留まろうとする冷気が吹き払われてしまう。

気温はいまだ、氷点下に達していない。
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製作作業の進行とともに、
氷の切れ端などの「残氷(ざんぴょう)」が出てくる。
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作業の支障とならないよう、
会場の運営スタッフによって逐次、
残氷の回収作業が行われる。
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彼らは
この残氷処理のほか、
フォークリフトによる氷の組み上げ補助、
電源の供給や照明機材設置等、
夜を徹して、選手たちのさまざまなサポートにあたるのだ。

美しい氷彫刻につい目が奪われがちだが、
その陰には、
運営スタッフ諸氏の献身的な働きがあることを
ここに付け加えておきたい。

「安全第二」
時に男には
安全よりも優先させるべきものがある・・・のかもしれない。
いいヘルメットだ。
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平田チームの彫刻は
頭部に続く胴体の形が見えてきている。
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加瀬さんは
ひたすら氷の切り分け作業を続ける。
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正面からは見えにくい
氷の陰で、ただひたむきに氷と向かい合う。
その姿が、平田さんの父、謙三さんに重なる。

いつもこの大会で親子のタッグを組む謙三さんも
氷の陰で、黙々と自らの仕事をこなしていくような人だ。

加瀬さんも、そういうオーラを身に纏っているような気がする。
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氷の表面への彫刻が始まる。
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棒状のドリルビットで
氷の表面に
細かな凹凸を穿っていく。
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頭部の周りを彫り終わった平田さんは
本体の加工にとりかかる。

すると加瀬さんは、すぐさま頭部のパーツにブロワーを当て
削り屑を払い落とし始める。
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その息の合うテンポが
見ていて気持ちが良い。

まさに名バッテリーである。
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午後10時50分。

頭部のパーツが
2つに切り分けれられる。
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せっかく精巧に作ったのになんで、と思うが
心配はいらない。

後でこれらのパーツは
何事もなかったかのように
組み合わせられる。

このパーツ切り分けには
理由があるのだ。
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ここで再び
フォークリフトの応援要請。

切り分けた頭部のパーツを
荷台に載せる。

フォークリフトの使用は
便利だが、弱点もある。
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フォークリフトの荷台の上では
地上のように足を踏ん張って
重量のあるパーツを力いっぱい持ち上げるということができない。

不安定な足場の上で、
腕の力だけを頼りに
パーツを所定の位置に据える際、
大きな塊のままでは
荷台からパーツを移動させることすらままならない。
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あまつさえ高所での作業である。
パーツが思いがけず落下し、破損する危険性もゼロではない。

そういういろいろな弱点をクリアするために
パーツが切り分けられるのである。

一見して手間のかかる作業だが、
結果的にこれが、最善のリスクマネジメントでもあるのだ。
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無事、フォークリフト作業が終了。

氷は人の背丈を遥かに上回る高さにまで成長した。
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いよいよ、本体の彫刻が始まる。
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~ 【4】につづく ~



by TamaWakaba | 2016-02-23 08:53 | 氷彫刻
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平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』 【4】

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午後11時。

ようやく、気温が氷点下に達する。

「10年に一度の大寒波襲来」の予報に
日本中が身構えていたこの夜、
あまりにも緩やか過ぎる気温の低下だった。

ともかく、
やっと氷が氷として形を保てる温度となったことに
ひとまず安堵する。
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観客もまばらになった。
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頭部のパーツのすぐ下に、
別の頭が取り付けられる。

生きものが互いに向き合うデザインのようだ。
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氷彫刻の作り方は製作者によって異なる。

大きな氷塊を組み上げてから全体的に彫っていく方法、
大まかなパーツを別々に作って、最後に組み立てる方法など、様々だ。

平田彫刻の場合、製作の早い段階で
頭部などの主要なパーツを細部まで彫り上げる。
そして、その頭部を大きな氷塊の上に配置して、
そこから線を延長するように全体の形を彫っていく。

それはあたかも、一粒の種が芽吹き、根を這わせていくような、
受精卵の胚が、徐々に生物として造形されていくような、
不思議な光景なのだ。
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頭部を起点として、
筋彫りを氷全体に延長していく。
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うねるような曲線が
幾重にも描かれる。
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筋彫りの溝に沿って
チェーンソーの刃を入れていく。
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ノミで彫り込む。
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場所によっては
貫通させるところもある。
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設計図上では二次元だが
曲線と曲線に挟まれた面は
それぞれに高さが異なっている。

彫り間違えてしまえば
修正は効かない。

神経を使う作業だ。
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作品全体の形が
姿を現し始めた。
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午前0時。

製作開始から
5時間30分経過。

気温は氷点下1度をわずかに下回っている。
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平田さんが尾羽根を彫り込んでいた時、
加瀬さんは尾羽根の末端部分の接着に取り組んでいた。

細い末端部分は大きな塊から彫り出すよりも、
別のパーツとして作って、後から取り付けたほうが
無駄になる氷も少なく、削る時間も短縮できるのだ。

加瀬さんは残氷のひとつに
チェーンソーの刃を幾重にも入れている。
これは、氷の造形が目的なのではない。
このチェーンソーの下から吹き出される削り屑こそが重要なのだ。
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容器に集めた削り屑に水を加えると
「氷のパテ」が出来上がる。

接着された2個の氷の境界線には
表面近くに僅かな隙間が残っている。

隙間を放置すれば、そこから空気が入って透明感が損なわれたり、
最悪の場合、接着した氷が剥がれ落ちてしまうおそれもある。
その隙間を埋め、接着の強度を高めるのが「氷のパテ」なのだ。

氷のパテを施した様子。
元々氷なだけあって、目立たないのも大きな利点だ。
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設計図を確認し、
平田さんと打ち合わせをしながら
作業は進められる。
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アルミ板による接着面処理。
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下向きのパーツは
重みで脱落してしまうこともあるので
完全に氷結し、固定されるまで気が抜けない。
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長さのあるパーツも
接着が難しい。
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氷のパテで念入りに隙間を埋める。
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そのままの姿勢で
何分間も支え続ける。
だが、なかなか固まらない。
気温が高いのだ。
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最終手段として
コールドスプレーを使うことで
ようやく接着される。
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時計は間もなく
午前1時を回ろうとしている。
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~ 【5】に続く ~



 

by TamaWakaba | 2016-02-23 08:52 | 氷彫刻
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平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』 【5】

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午前1時。
気温、氷点下2度。
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会場に残っているのは
選手たちと運営スタッフ、そして
気合の入ったカメラマンくらいである。
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新たな作業を前に
設計図を確認する平田さんと加瀬さん。
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平田さんが
裏手から氷のパーツを運び出してきた。

一時期、加瀬さんが氷の裏に入ったまま
しばらく出てこなかったことがあったが、
このパーツの切り出しをやっていたのである。
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加瀬さんの切り出した板状のパーツを
平田さんがさらに削っていく。
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曲面を有するパーツが出来上がる。
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氷の前に大きな脚立が2台置かれ、
そこに鉄製の足場が渡される。
高所でのパーツ取り付けが始まる。
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人の頭の高さの足場に立っての取り付け作業。
二人の重心が移動するたび
足場はグラグラと小刻みに揺れる。
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なんとか無事に
取り付け作業が終了。

翼の先端が現れた。
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足場から降りた平田さんが
氷の削り屑に足をとられて転倒。

作業場は残氷や削り屑によって
非常に滑りやすくなっている。
この日、幾度となく危ないシーンがあった。

「何度もコケちゃって、もう参っちゃいますよ」
と平田さんは笑っていたが、
見守ることしかできないこちらとしては
気が気でない。
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次なる取り付け場所の打ち合わせ。
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左の翼の1段目が取り付けられる。
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取り付けた右翼1段目の長さを測る平田さん。
実際の寸法が図面と合致しているかどうか、
時折メジャーを当てて計測するのが平田流だ。
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計測の結果、図面よりも若干寸法が長いことが判明。
チェーンソーで切断する。
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不意に落下する破片を
加瀬さんが咄嗟に受け止める。

見事な連携プレーだ。
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右翼先端の製作。
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2段目への取り付け。
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1羽目の両翼が生えそろう。
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加瀬さんは平田さんのサポートをしつつ
自らの作業もこなしていく。
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午前2時。

気温は氷点下2度から
じりじりと下がり続けている。
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冬の梢に
満月前夜の月が煌々と輝く。
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氷彫製作も
いよいよ佳境を迎える。




~ 【6】につづく ~



 

by TamaWakaba | 2016-02-23 08:51 | 氷彫刻 | Trackback
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平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』 【6】

【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】 【9】



午前2時25分。
閑散とする会場。

ディーゼル発電機や電動工具の騒音は相変わらずだが、
不思議と静けさすら感じる。
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ビール箱を3つ重ねた足場の上に
平田さんが上る。

足場はまっすぐに立ってはいない。
絶えずグラグラと揺らいでいる。

いつ落ちやしないかとハラハラするが、
いまだかつて平田さんがここから落ちるのを見たことがない。
多分、これからもないだろう。

不安定な足場の上でも
無意識のうちに
適切なバランスをとることができるよう、
身体が順応してしまっているらしい。
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平田彫刻の白眉ともいうべき
翼への彫り込みが開始される。

最初に翼前縁部を作成。
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前縁部に沿って、ドリルを使い羽根の一枚一枚を彫り込んでいく。
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実際の鳥の翼がそうであるように、
羽根の列ごとに、形状を巧みに変える。
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開始からわずか3分あまり。
翼の大部分が羽根で覆われる。

平田さんはここまで
一度たりとも手を休めず、図面を確認することもせず
一息で彫った。

考えるより先に、手が動いている。

平田さんの頭のなかには
リアルな翼の立体図面があるに違いない。
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続けて
風切羽根の作成に入る。
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平田さんが作るのは
今まさに風を掴んで、
大きく羽ばたいている瞬間の翼だ。

風切羽根の先端は、大気とのせめぎ合いで大きくたわむ。
その様子まで再現される。
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風切羽根の一枚一枚を独立させるのにも
チェーンソーを使う。
一見荒々しい道具だが、
使い方次第で、繊細な加工も可能となるのだ。
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ノミを使って、
羽根一枚一枚の薄さを出していく。
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風切羽根の形が整った。
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やや太めのドリルビットを用いて
先程彫った羽根の一枚一枚を
窪ませるように削っていく。
羽根の「薄さ」を表現するための工程だ。

気の遠くなるような作業だが、
恐ろしいほどのスピードで
次から次へと正確に削っていく。
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風切羽根には細いドリルビットで
細かな筋が刻まれる。
羽枝の流れを表現している。
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続けて、
胴体を覆う、丸く小さな羽根を彫る。
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ブロワーで削り屑を吹き飛ばし
作業完了となる。
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右の翼と胴体が
隙間なく羽根で埋め尽くされた。

彫り始めてからわずか20分間の出来事だった。

会場をひと回り見物するくらいの間に
平田彫刻は劇的に変化している。

知らない人の目には
魔法同然に映るに違いない。
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左翼の加工。
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1羽目の翼が仕上がった。
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惜しむらくは、
この驚くべき工程を見届ける人が
あまりにも少ないことだ。

この作業が行われるのは
大抵、最も深い時間帯なのだ。

人目をはばかるようにして、
夜の片隅で氷塊は1羽の鳥になる。

2羽の霊鳥にとっては
ふさわしい誕生の仕方である気がしないでもないのだが。




午前3時30分。

雪が、降ってきた。
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~ 【7】につづく ~


 

by TamaWakaba | 2016-02-23 08:50 | 氷彫刻 | Trackback
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平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』 【7】

【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】 【9】


ほんの数時間前までは
月夜だった。

すでに空はかき曇り、
月の光に取って代わって
湿り気を帯びた雪が
次々と落ちてくる。
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だが、
雪ごときに手を止めているわけにはいかない。
作業は淡々と続けられる。


午前3時30分、
下の鳳凰の左翼を取り付け。
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午前3時40分、
右翼の取り付け。
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直ちに羽根の彫り込みが始まる。
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翼を透かして見る
羽根の彫り込み。
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翼の上面を
グラインダーで滑らかに整える。
頭から細氷をかぶっての作業だ。
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午前4時23分。

2体の鳳凰の
羽根の彫り込みが完了した。
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翼の彫り込みという大スペクタクルの陰で
加瀬さんは地道な戦いを続けている。

鳳凰の尾の先端を
限りある氷からミリ単位で切り出す。
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それを所定の位置に接着していく。
風に乱れ舞う尾は数多い。
根気のいる作業だ。
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加瀬さんが接着した氷の小片を
平田さんが造形していく。
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タイムリミットまで
2時間を切ろうとしている。

作業の終わりは
まだ、見えてこない。


~ 【8】につづく ~


 

by TamaWakaba | 2016-02-23 08:49 | 氷彫刻 | Trackback
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平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』 【8】

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午前4時30分。

吹雪。

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作業はラストスパートに入り、
気力も体力も限界に近づく。

そこに追い打ちをかけるような吹雪。

今回ばかりは
大きな天候の崩れがないまま
朝を迎えられるとばかり思っていた。

しかし、その期待はもろくも打ち砕かれる。

松本氷彫フェスにはおそらく、
天気の魔物が棲んでいる。
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吹雪の中、作業が続く。
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松本城も
激しい雪に霞む。
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雪はあっという間に辺りを白く染める。
帽子の上にも、服の上にも
降り積もる。
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生まれたばかりの鳳凰。
降りしきる雪のせいで
舞い上がっていくように見える。
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猛吹雪。
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加瀬さんは
彫刻裏側の表面処理にあたっている。

氷は透明な素材なので、
裏面が荒れていると
光がうまく透過せず、
表面の彫刻の良さが引き出せないからだ。
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平田さんは尾羽根の彫刻に入る。
この空中に乱れ舞う尾羽根の全てに
細かな筋を入れていく。
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午前5時。

製作終了まで残り1時間30分。
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気温は氷点下4度。
吹きつける雪と風で
体感温度は恐ろしく低く感じる。
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午前5時14分。

尾羽根の彫刻が完了する。
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土台への飾り彫り。

チェーンソーで、斜めの平行線を幾筋も入れていく。

定規も当てず、下書きもせず、
チェーンソーのフリーハンドで
正確な直線がバランスよく刻まれていく。

12時間彫り続けて、
最後にこの集中力である。

恐れ入る。
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ブロワーで削り屑を吹き飛ばし
細部の彫りをチェックする。
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細い氷鋸を使って、
羽根の隙間の削り屑を落とし、
さらに一枚一枚のエッジを立たせる。
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午前5時40分。
会場には徐々に観客が戻ってきている。

雪は止んだが、
辺りは一面の雪景色だ。
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総仕上げに入る。

平田彫刻を最終的に平田彫刻たらしめるのは
この総仕上げだと言ってもいい。

平田彫刻は「削って終わり」ではない。

彫りの工程が終わった後、
平田さんが全体をチェックし、
彫り足りないところ、バランスの悪いところを
修正していくのだ。
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修正は細部にわたる。
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午前6時。
隣のチームの作品がピンク色の照明で照らされる。
カラースポットでの照明は、作品が完成した証だ。

平田加瀬チームの作品は
まだ色がついていない。
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残り時間30分がアナウンスされる。
だが、徹底的に直す。
そこに妥協はない。
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おそらく、平田さんは時間ギリギリまで
作品の総仕上げにかかりきりになるだろう。
そこで、加瀬さんはすかさず作品の周囲の整備に入る。
見事なチームワークだ。
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午前6時12分。

ついに、最終工程である「表面処理」に入る。
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作品はすでに、造形として完成してはいるが、
氷の表面には無数の工具による切削痕があり、
半透明の「すりガラス」状になっている。

そこに炎を当て、表面のみを瞬間的に解かすことによって
細かな傷が消え、透明度の高い氷となるのだ。
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午前6時16分。

作業の途中で、
会場の照明スタッフから
カラースポットを当ててもいいか、という声が飛ぶ。

すでに夜明けが近い。
カラー照明できる時間は限られている。

平田さんが「OKOK!」とハンドサインを送る。
作品に、オレンジ色の光が当てられる。
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午前6時18分。
あともう少し。
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午前6時22分。
製作終了まで8分を残し、
作品が完成。
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この日の日の出は午前5時55分。
東の空はすでに白み
雲の端は暁色に染まり始めている。
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~ 【9】につづく ~


  


by TamaWakaba | 2016-02-23 08:48 | 氷彫刻 | Trackback
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平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』 【9】

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午前6時26分。
カラースポットに照らされる作品たち。

この光景を目当てに
会場を訪れるカメラマンも多い。

例年なら、松本城をバックに
色づいた氷彫刻が静かに佇んでいるのだが、
今年は終了時刻が30分遅れたせいで、
選手たちが作業や後片付けを続けているという
珍しい事態になっている。
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それでも待ちわびたカラー照明に
誰もがこぞってシャッターを切る。
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松本城とのコラボも
人気の構図だ。
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大仕事を終えた二人。

「本当は1時間前くらいには終わらせたかったんですけどね。
でも、手数が多かった」

と平田さんは言う。
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本当に、手数が多かった。

これほど込み入ったデザインにも関わらず、
観客からは見えないようなところまで
周到に彫り込んである。

平田さんらしいな、と思う。

彫ると決めたら、とことんまで彫るのだ。
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日の出が迫り、
カラースポットも朝の光に希釈されて
色味を失っていく。
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作品完成の余韻に浸っている余裕はない。
疲れた身体に鞭打って
片付けに入る。
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「夜通し彫った後にこうやって片付けって、ほんとにもう、って感じですよね」
と、平田さんも加瀬さんも苦笑いしていたが、
二人とも「やり遂げた男の顔」をしているのだった。
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まだ明けやらぬ
青い光の中に浮かぶ氷彫刻。
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2羽の鳳凰が
日の出間近の空に佇む。
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限りなく透明な身体は
空の色を宿す。
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山の稜線を破って
太陽の光が一直線に差し込む。

凍てつく鳳凰の全身に
光の血が駆け巡り、
まばゆい輝きを放つ。

伝説の霊鳥は
暁の空に羽ばたいている。
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平田浩一、加瀬秀雄両氏の製作した
氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』。

第30回 国宝松本城氷彫フェスティバル
全国氷彫コンクールにおいて
金賞を受賞した。

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~ 完 ~



― 使用機材 ―
EOS5D Mark III
EF300mm F2.8 L IS USM
EF70-200mm F2.8L IS II USM
EF16-35mm F2.8L II USM
Carl Zeiss Makro Planar T* 2/50 ZE
ブラックミストNo.1(フィルター)


撮影後記

氷彫刻は植物に似ている。
その成長が緩やかであるあまり、
何の気なしに見ていると、変化したことに気づかない。

いつしか葉が茂り、蕾がほころび、
大輪の花を咲かせたところで
見る人々はハッとする。

そういう氷彫刻が花咲かせる様子を
今年もまた観察してきた。

製作終了後、平田さんに
いろいろと話を聞く機会を得た。

技術的なことに限って言えば、
女性像のように、繊細な曲面によって構成される作品こそ
最も氷彫刻師としての技量を要求されるのだ、と平田さんは語る。

だから、完璧な女性像を作ることができれば、
氷彫刻師の間では「あいつは凄いぞ」ということになる。

だが、そういう技術の粋を尽くした女性像も
「お客さんはあまり喜んでくれない」のだそうだ。

だから、無数の羽根に覆われた鳥の翼とか、
鋭い嘴や鉤爪など、お客さんの目に止まって
あっ、と思って貰えるものを作るようにしている、と平田さんは言う。

どんな世界でもそうだが、
作り手の腕が名人と称されるくらいのレベルを超えてくると
つい技術が一人歩きを始めてしまいがちだ。
自己の技をさらに研鑽しようとするあまり、作り手の意識がどんどん内向していって、
独りよがりな作風にもなってくる。

だが、平田さんの作品には、そういう嫌味さがない。

それはおそらく、
平田さんがホテルニューオータニという
老舗の大ホテルで、氷彫刻室長として
氷彫刻の仕事を一手に引き受けているということと
無関係ではあるまい。

平田さんの日常は
求められたものを彫ることに終始する。
それは大掛かりな氷彫刻から、料理に使う氷の器まで様々だ。
特に年末などの繁忙期には、一日中何かしらの氷を彫っているという。
氷を彫ると言っても、ただ漫然と彫ればいいのではない。
氷彫刻という、「特別な」舞台装置を発注した
お客を満足させるだけのクオリティが
そこに備わっていなければならない。
見る者をあっと驚かせ、喜ばせるという「顧客満足」の精神は
日常の仕事を通じて
平田さんの身体の深いところにまで染み付いているに違いない。

日頃のストレス発散で、この日ばかりは作りたいものを思い切り作る、
と平田さんが宣言している氷彫刻の大会でも、
その「顧客満足」の精神は、自然と作品ににじみ出る。
自分の作りたいものを思う存分作ったうえで、
さらにお客の目を楽しませてこそ、
平田さんにとって「納得のいく出来」となるのだ。

平田さんの彫刻技術が比類なきものであることはもはや言うまでもないが、
それに加えて、この「お客を楽しませたい、驚かせたい」というエンターテイナー性もまた
平田さんを氷彫刻の第一人者たらしめている要因のひとつであることは間違いなさそうだ。

さらに、平田彫刻を根底から支える大きな要素がある。
それは、
「リアリティ」である。

平田さんは実在する動物の他にも
東洋の龍や西洋のドラゴン、そして今回の鳳凰のような
想像上の生物を彫刻のモチーフにすることが多い。

実在する生きものなら、実物になるべく近づくよう努力することができるが、
架空の生きものは、実物がそもそもないので写実的なアプローチは不可能である。
かといって、想像の赴くまま自由気ままに彫ってしまえば、
作品として説得力が出てこない。

では、どうするのか。

ここで活きてくるのが、
平田さんのお家芸である
「翼」や「鱗」に代表される
生物学的造形力なのである。

平田さんの彫る翼や鱗は
架空の生きものの一部ではあるが、
翼もしくは鱗という単体として切り離して見れば、
それは紛れもなく、
実在の鳥類や爬虫類の翼や鱗として成立するに足りる
圧倒的なリアリティを有している。

想像上の生きものであっても、
そこ実在の生物の持つ要素を盛り込むことによって、
あたかもその生きものが実際に存在しているかのような
説得力を持たせることができるのだ。

翼や鱗に限らず、
平田さんの彫る生きものは
生物学的に破綻がない。

破綻がないというのは、
手足が正しいバランスを有し、
顎や関節が正しく動く、というような
生物として備わっている機構が
彫刻に再現されている、ということである。
これが簡単なことのようで難しい。

例えば、作品に迫力を出すことを目的に
生物学的には絶対開かない上顎を開かせたりする。
しかしかえってそれは、迫力というより、違和感として我々の目に映るのである。

破綻のない彫刻を作るためには
しっかりとした彫刻技術が必要なのは言うまでもないが、
それ以前に、「物事を正確に見る」ことが必要だ。

かの葛飾北斎の代表作『富嶽三十六景』のうちの一つ、
神奈川沖浪裏
の砕け散る波頭は、実物の波を高速シャッターで捉えたものと
酷似しているというのは有名な話だ。
これは、北斎が正確に波の形態を見抜いていたということに他ならない。
また北斎は『富嶽百景』の後書きに
「七十三才にして稍(やや)禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり」
つまり、
「73歳になって鳥獣、昆虫、魚の骨格や草木の生まれをいくらかは知ることができた」
と書いている。
北斎は稀代の絵師である以前に、物事を正確に観察しようとする人だった。
だからこそ、かの神奈川沖浪裏が描けたのである。

平田さんの氷彫刻を支えているのも、
かの北斎が生涯をかけ追求したのと同じ
「物事を正確に見る」力だと思うのだ。

製作の途中、平田さんの制作現場に
ビシっとジャケットを着込んだ初老の男性が立ち寄る。
「お~い浩一、本気出しちゃダメだぞ~」
とでかい声で平田さんに向かって笑いかけている。

私の記憶が確かなら、その人は
氷彫刻界では知らぬ人のいない重鎮であった。

本気を出すな、というのは
平田さんが本気を出せばぶっちぎりで勝ってしまうのだから、
ちょっとは手加減しろよ、という冗談なのだが
平田さんはそれを笑って聞いている。

私はそれを傍目に見ながら
平田さんが手加減することはないだろうな、と思った。

数々の業績を残している平田さんは
氷彫刻の世界において、すでに追いかけられる立場にいる。
先頭ランナーの責任は重い。
先頭が手加減すれば、集団全体のレベルは低下する。
逆転して首位に出るランナーもいるだろうが、それはベストな記録ではい。
氷彫刻界のプリンスとして重鎮からも一目置かれる存在の平田さんは、
そういう氷彫刻の先頭集団を率いていく一人だからこそ、
手加減はきっとしないだろう。

そして今回もやはり、平田さんは全力で彫った。
その結果は明らかである。


今回、平田さんとタッグを組んだ加瀬秀雄さんについても
書いておくべきことがいくつもある。

加瀬さんに関して何の予備知識もなかった私は
「平田さんの彫刻に魅せられて弟子入りした」という自己紹介の印象そのまま、
まだ氷彫刻の世界に足を踏み入れて間もない人、というイメージを持って
作業する加瀬さんを見守っていた。

ところが、どうも様子がおかしい。

あまりにも動きがいいのである。

自分の受け持つ作業を黙々とこなす中、
必要な時にはさっと平田さんのサポートに入る。
今自分が何をすべきかをわかっている。
初心者にはあり得ない動きだ。
勘の鋭い殿であれば「おぬし何奴!?」と
刀の鍔に手をかけてしまいそうなレベルなのだ。

結局、現場では分からずじまいだったが
帰宅して加瀬さんについて調べるうちに納得がいった。

やはり、加瀬さんは初心者ではなかった。
初心者でないどころか、氷彫刻の大ベテランなのだった。

加瀬さんは都内のとある宿泊施設で、
和食調理課長という要職の傍ら
長年、氷彫刻にも携わっている方だった。
名だたる大会での受賞経験も多く、
和食の剥き物技法を特集したハウツーDVDにも
氷彫刻担当として出演したりもしている。
教わる側の人ではなくて、明らかに教える側の人なのである。

だから、今回のタッグにおける加瀬さんの位置づけは
「ニューフェイスの補欠要員」などでは決してなく、
どちらかと言うと
「ヘッドハンティングしてきた辣腕幹部」という表現がぴったりくる。

年齢も平田さんより4つほど上なのだが、
年齢の差やキャリアをアピールする風もなく、
終始、物腰穏やかで低姿勢、
平田さんの胸を借りているという立場を崩さない。

平田さんは加瀬さんを評して
「今まで一緒にやってきた人の中で、間違いなく5本の指の中に入る人ですよ」
と言う。
必要に応じて陰に徹してくれる人、
だとも言っている。

陰になってしまう人と、
自ら陰に徹する人は、その根本において異なる。
前者は実力不足の人、
後者は、日向になれるだけの実力を備えた人だ。

加瀬さんは、紛れもなく後者のタイプだろう。

作業中、現場から出てきた加瀬さんに「大変ですね」と声を掛けた。
すると加瀬さんは
「でも楽しいですよ。ほんとに勉強になります」
とにこやかに話すのだった。
ストイックな人だなと思う。

また、加瀬さんは気配りの人でもある。

未明、加瀬さんは平田さんに一言告げて、一人作業場を出た。
十分ほどして加瀬さんはその手にコンビニ袋を携えて
作業場に戻ってきた。

「平田さんは全然食べずにやるんで、身体参っちゃうから。
だから、買ってきたんです」
と加瀬さん。

その後、二人は作業の合間に加瀬さんの買ってきた兵糧を食べ、
無事、朝までの作業を乗り切ったのだった。

作業終了後、平田さんが
「彫っている最中に、初めてちゃんと食べましたよ」
と話していることからも分かるように、
平田さんは、自分の生命力を削るようにして
飲まず食わずに近いやり方で作品を作る人だ。
今回、それを見かねた加瀬さんの心配りで
初めての陣中食が実現したのだった。

加瀬さんのそういう女房役的な気配りも
今回のタッグの素晴らしさだ。

この氷彫フェスティバルのおよそ2週間後、
平田・加瀬チームは北海道、旭川で毎年行われる
「氷彫刻世界大会」に出場した。

そこで二人が40時間をかけて挑んだ大作、
『雷鳥~不死鳥の嘶き~』
は見事、最優秀賞を受賞している。
まさに、今回のタッグの実力を証明してみせたのである。

今回、二人の彫った
空へと舞い上がる2羽の鳳凰。
それは、
氷彫刻の世界で躍進する
平田・加瀬両氏の姿を象徴しているように思えてならない。





謝辞

加瀬さんが陣中食を買いに行った話を書きましたが
実はその時、お二人のご厚意で私もご相伴にあずかりました。
一介のカメラマンに過ぎないこの私を気遣って頂いてしまい、なんとも恐縮の限りです。

帰宅して家族にそのことを話したところ、
「応援しなければいけないあんたが応援してもらってどうするの」
と、激しく突っ込まれました。
全く反論の余地はありません。

今回で平田さんへの密着は6年目になりますが、
平田さん加瀬さんはもとより、
多くの方の協力で撮影を終えることができました。

撮影を終えた朝、鯖猫さんとお会いし、温かいお茶をご馳走になりました。
身体の中から生き返るような一杯でした。またお話できて嬉しかったです。

毎年、夜通しの撮影に快く送り出してくれる妻にも、本当に感謝しています。
撮影後およそ一ヶ月間に渡って、夜な夜なPCの前で夜更かしを繰り返す毎日は
妻の理解なしにはあり得ないものです。

そして、なによりこのブログを見てくださっている皆様に
改めて御礼申し上げます。

おそらく来年も、再来年もその先も
この企画は続くと思います。
気長にお付き合いいただければ幸いです。

ありがとうございました。

2016年2月23日

球 わかば








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平田浩一 肥田野雄紀 氷彫刻 『イルカ』・・・・・・2013年 第27回 国宝松本城氷彫フェスティバル
平田謙三 平田浩一 氷彫刻 『遊泳』・・・・・・2014年 第28回 国宝松本城氷彫フェスティバル
平田謙三 平田浩一 氷彫刻 『2015年 飛翔』・・・・・・2015年 第29回 国宝松本城氷彫フェスティバル
平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』・・・・・・2016年 第30回 国宝松本城氷彫フェスティバル


by TamaWakaba | 2016-02-23 08:47 | 氷彫刻 | Trackback | Comments(8)
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テレビ放送予定のお知らせ



☆★☆★   氷彫刻師 平田浩一さんがテレビ番組で特集されます   ★☆★☆


系列 : テレビ朝日系列 (一部クロスネット)


番組名 :羽鳥慎一モーニングショー(午前8:30~)


2月23日(火) 午前9時頃からの『聞きトリ』コーナー内

※突発的ニュース等により変更または中止の場合あり。

番組に当ブログから写真を提供しています。
「動く」平田さんの活躍を、ぜひご覧ください。

今年(2016年)の氷彫フェスの記事も
番組放送に合わせてアップする予定です。

2/23 新作アップしました!

氷彫刻 平田浩一
2014年『遊泳』から



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by TamaWakaba | 2016-02-22 09:55 | 氷彫刻 | Trackback
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